ストーリーテリング

2020年オリンピックの東京招致を勝ち取ったストーリー

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10都道府県で発令されていた緊急事態宣言が、沖縄を除く9都道府県で昨日を期限に解除され、

本日から東京、北海道、愛知、京都、大阪、兵庫、福岡の7都道府県では「まんえん防止等重点措置」に移行しました。





そして、そうこうしているうちに東京オリンピックの開催まであと32日、もうすぐそこまで迫ってまいりました🤯



東京招致が決定した当初は、まさかこのような事態になろうとは予想だにしませんでしたが、

今回のオリンピック開催地決定の裏側には、素晴らしい感動のストーリーがあったことを、皆さまは覚えていらっしゃいますか?







2013年9月、アルゼンチンはブエノスアイレスで開かれた第125次国際オリンピック委員会(IOC)総会における出来事です🇦🇷



2020年夏のオリンピックを開催する都市を決定する会議で、東京招致プレゼンテーションの口火を切ったのは、アテネパラリンピック日本代表の佐藤真海選手でした。



最終候補に残っていたのは東京のほか、イスタンブールとマドリッドがあり、この2都市が有力視されていました。





大事なビジネスプレゼンは役職の高い人が口火を切るのが日本の通例です。



つまり、普通であれば、招致プレゼンで最初に登壇するのは首相等の偉い人になります😎





ですが、総会まで10日と迫ったところ、日本チームは通例を破る必要があるとの結論に達しました。



心に響くストーリーでプレゼンを始めようと決め、その場合、佐藤真海選手以上のストーリーテラーはいないと考えたのです。







佐藤選手は、早稲田大学の学生で、授業のほか、陸上や水泳、さらにはチアリーディングもしていて、毎日を忙しく楽しんでいました。





そんな19歳のある日、右足のかかとに痛みを感じます。



がんでした。



発見の数週間後、彼女は右足を失います。





失意の佐藤選手は大学に戻り、「スポーツに救われます」。



一つ一つ目標を定めては達成することに楽しみを見出したのです。



「新しい自信が生まれました。そして、大切なのは、今自分にあるものであって、失ったものではないと学ぶことができました」





佐藤選手は厳しい練習を重ね、2004年のアテネパラリンピック日本代表の座を勝ち取ります。



種目は走り幅跳び。





2008年の北京にも2012年のロンドンにも出場。



ですが、ロンドンパラリンピックに向けて準備を進めていた時、彼女の人生は2度目の大転換を迎えます。





2011年3月11日午後2時46分、マグニチュード9.0の大地震が発生。



震源は、東京から北東に370キロメートルほど、三陸沖の海底深さ約24キロメートル。



1時間後、高さ9メートルに達する津波が押し寄せ、1万5000人以上が死亡し、福島原子力発電所が破壊されるなど甚大な被害が発生しました。





福島の北にある佐藤選手の故郷、気仙沼市も、それから7分もたたないうちに津波が押し寄せ、中に住む人々ごと家が流されたり、港に停泊していたマグロ漁船が街の真ん中まで流されたりしました。



住宅はほとんどが流され、あとには水たまりがあちこちにあるばかり。





佐藤選手が家族の安否を知ることができたのは、6日も経ってからだったとのこと。



家族は助かっていました。





佐藤選手は選手仲間とともに、メッセージや援助物資を集め、荒れてしまった故郷に届けることにしました。



累計で200人以上の選手が1000回も現地を訪問し、多くの子供や大人に希望と元気を届けています。



「スポーツの力を本当に実感したのはこの時でした…新たな夢と笑顔を生み出す力、希望をもたらす力、絆を生み出す力がスポーツにはあるのです」







IOCが東京を選択した時、日本中で多くの人が街にくり出し、招致実現を祝い、

佐藤選手の名前も、皆が知るところとなりました。





ジャパンタイムス紙は、

「ロールモデルとして輝く佐藤」

「佐藤は、自らのストーリーを語り、聞き手の注目を集めた」

と報じています。



ロンドンのガーディアン紙は

「情熱的な訴えで2020年のオリンピック開催を勝ち取った日本」

という見出しを掲げました。



記事本文には、

「東京招致を実現した感動的な力の中心となったのは、パラリンピック走り幅跳びの佐藤選手である。故郷が津波の被害を受けた佐藤選手は、スポーツには人々を感動させ、元気にする力があると訴えた」

「東京が招致を勝ち取るには、IOC委員の頭に対してだけではなく、心にも訴える必要があった。そして、感情に訴えることを通じ、必要なボタンの全てを押すことに東京は成功したのだ」

とあります。





一人の個人的なストーリーが感動を呼び、歴史を作ったのです。





苦難にのみ人生の意味がある。

スティービー・ワンダー

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